秋が入ってくる。
ゆっくりと歩いてきて、店先のかき星の旗に気付き足を止める。
赤鬼「あ。じゃあ俺、もう戻るっす」
真田「うん」
赤鬼「聞いてくれて、あざした」
真田「こっちこそ。また、いつでも」
赤鬼「ざす。じゃまた」
赤鬼、秋に目礼してはける。
真田「こんにちは」
秋「あ、すみません。大丈夫でしたか」
真田「もちろん。かき星どう?おいしいよ」
秋「お店ですか?」
真田「そう。ここどうぞ、これメニュー」
秋「かきゴ、星?って何味ですか?」
真田「星を削るから人によって味が違うよ。双子だっていっぺんに出てこないで多少の時差はあるからね。でもそれぞれみんな美味しい」
秋「ふうん?じゃあください」
真田「はい、飲み物は?」
秋「この、バラの紅茶って飲んでみたいです」
真田「はーい。かき星、練乳いる?」
秋「あ、いります」
真田「はーい」
真田「はいおまたせ、バラ紅茶とかき星練乳トッピング。溶けないからゆっくりどうぞ」
秋「かわいい…。いい香りですね」
真田「でしょう。香りは大事、この先は香りを頂いていくことになるらしいから」
秋「頂く?」
真田「香りだけでお腹も心も満たされる、というか空腹感とかが既にないでしょ」
秋「確かに、言われてみればそうかもしれないです」
真田「別に食べてもいいんだけどね」
秋「もうダイエットの心配いらないですね」
真田無言で「それな」のポーズ。
秋「…あれって、渡らなきゃいけないんですかね?」
真田「あれ」
秋「あの、川なんですけど」
真田「いけないっていうか…まあ、そうなってるね」
秋「そうですか…」
真田「戻りたい?」
秋「いえ、それは全く。両親とも仲悪かったですし、思い残しはないです」
真田「あれ?そうなんだ。え、じゃあなんで?」
秋「いや、親の言うとおりに決められて勉強ばっかりに生きてきて死んじゃって、やっと監視がなくなってほっとしてるのに、はいルールに従ってくださいこのあと裁判ですって、納得いかないんです」
真田「まあ、わかるけど。でもねえ向こうにいったら、整理されてさ、ああそういうことだったんだその為だったんだって腑に落ちるようになってんのよ」
秋「なんかそういう、子を思わない親はいない、ご両親はあなたの為にやってくれてるじゃないみたいなのは、もうつらくて」
真田「いやそういうんじゃなくて。自分が決めて生まれたこととかさ…。まあ若いしさ、早く転生して新しくまた始めるのがいいと思うよ。戻らないのに渡らないとか若いのにさ、もったいない」
秋「でもお姉さんだってここにいるんですよね」
真田「痛いとこ突くなあ。まあね。でも恥だし老婆心で言ってんの。
あのねえ、貴女は親の言う事を聞いて不本意ながらもちゃんと生きてきたみたいだけど、私は色んな人の顔色を伺いすぎて結局諦めてなんにもしなかった。いい年なのに本当になにもなかったの。これで向こうにいってごらん、誇れる事も具体的に反省できることもなんにもない。それでもね、いいようにしてくれるだろうし、なにもしなかったことの意味を知るかもしれない。
でも自分が恥ずかしいし、最後のこの河原でまだ人を喜ばせる事が出来るなら諦めたくないって思って、往生際悪くこんなことしてんのよ。あー恥ずかしい…。
似たような理由で踏ん切りつかなくてウロウロしてるやつは、まあいるんだよ、もう戻れもしないけど降りて人や土地に憑く覚悟もない、でも渡れない。ここですら何かを与えられるの待ってるやつら。あんたにはそんな風になってほしくないな」
秋「でも私、どうしてもまだ渡りたくないんです!どうしよう…そうだ!お姉さん、私もここで一緒に働かせてくれませんか!」
真田「いやー若いだけあってなかなか図々しいね。そういうもんじゃないんだよ」
秋「でも」
真田「みんな怖がってもひどい大罪おかしてなければ、どっちにいっても遅かれ早かれ転生するんだし、そんなに悪くないと思うよ」
秋「…」
煙管に火をつける真田
秋「どうしても渡らなきゃいけないなら」
秋「私、川の水、ぜんぶ抜きます」
むせる真田
真田「何言ってんの、あんた怖い事言うね!なにそれどういうこと」
秋「私、本気です」
真田「気合いの問題なの?」
秋「三途の川もきっと外来種の問題とかあるだろうし、きちんと調査しつつ川底まで綺麗にお掃除します」
真田「外来種…?どこから来てるの…」
秋「ここまで連れてきちゃったけど、お前にはやっぱりまだ生きててほしいごめんねって放されてないって言えますか」
真田「えっ魚!?ペットの⁉え、生き物いたのか…? ていうか川を綺麗にって池じゃあるまいしそんな、流れてるんだし綺麗でしょ」
秋「でも向こう側には地獄もあるんですよ、地獄から出る水がちゃんと処理されてるかどうか。人間のあぶらとか」
真田「うわぁ…やめなよ…たまに泳いで渡ってく人もいるんだよ」
秋「重要性わかっていただけましたか」
真田「いや、えぇ…だいいち川だよ?抜くって、どうするのよ」
秋「それは…川は、せき止めます。ダムとか」
真田「どこで…?」
秋・真田「…」
間
秋「源流」
真田「え?」
秋「お姉さん、川の始まりです」
真田「川の始まり…を止めちゃうの⁉ それってどこかわかるの?」
秋「辿っていけば、多分」
真田「ええー…理屈ではそうだけど、川の始まりって、どういう状態…」
秋「お姉さん見たくないですか、大河の最初の一滴」
真田「一滴…」
秋「私、川をとめるかどうかはともかく、見に行きたくなりました。この川のいちばん始まりのところ」
真田「考えた事もなかった。川って川でしか知らないし、いきなり川なんだと思い込んでた気がする」
秋「決めました、私はこの川の上流のさらに先に行くことにします」
真田「あんた、すごいね。さっきまでと全然違う。確かにこの川はどこからどう始まるのか、言われてみればすごい気になる」
秋「ですよね!一緒に行きますか?」
真田「そうだなあ。いや、それはあんたが見つけたあんたの目的だ。私はここで自分の決めた事をするよ」
秋「なるほど。じゃあ私、きっと戻ってきます。それできっとお姉さんに最初の一滴がどんなだったか話します」
真田「それ最高じゃん」
秋「ですよね!どうしよう、わくわくしてきました。私、もう行きますね」
真田「うん、気を付けて」
秋「ありがとうお姉さ、お姉さん、また会えるように最後に名前を教えてください」
真田「真田だよ」
秋「私、秋です。じゃあまた!」
秋はける
真田「秋ちゃーーーん!塞ぐのはやめておいたほうがいいと思うよーー!」
笑い大きく手を振る。
暗転