ほうきで掃いている女、真田。
しばらくすると火のついたような幼児の泣き声が遠くに聞こえる。
(遠く)
はる「ダーーーーメーーーッ んああキャーーーーー!!」
赤鬼「あーーもうーーー!」
手を止めて声の方を見る真田。
しばらく見たあと、また掃き始める。
泣き声はヒートアップして聞こえ続ける。
はる「イヤーーーーーーーー!」
赤鬼「危ないって!もうー! あーーまた転がるなよやめろ」
はる「いギャーーーー!!」
真田は再び一瞥した後ため息をつき、ほうきを置き茶など支度を始める。
(袖から)
はる「エアーーーーーーーー!」
赤鬼「もーーーーーー!じゃあ知らないぞ!置いてっちゃうぞ!」
はる「ギャーーーーーーーーー!ダメーーーー!」
赤鬼「じゃあもうほら言う事聞けよ!はい!だっこ!」
はる「イヤーーーアアアア」
赤鬼「こっちがいやだよもうー」
はる「ダメーーー!だっこーーーーー!だっこしてええええええ」
赤鬼「してるよ!!!今!!!今してるの!!!」
幼児を抱えた赤鬼が入ってくる。
はる「アアアア」
赤鬼「姐さん〜!姐さん〜‼」
真田「いやもうずっと聞こえてるよ、大きな声出さなくても」
赤鬼「もうーなんなんすかこいつ」
真田「ほら代わるから、赤ちゃんお茶飲みなそれ」
赤鬼「気を付けてくださいね、今日マジ 魚みたいに暴れるんで」
真田「はいはい。ほらーはる、真田のさなちゃんだよ」
赤鬼「もうマジしんどい」
はる「ふえーん」
真田「ほらはるの大好きなかき星だよ~、食べれる? 練乳いっぱいだよ」
はる「ママの」
真田「そーミルクの。ね、とりあえず落ち着いて。大きな声で川の向こうの閻魔様がびっくりしちゃうよ」
赤鬼「もう最近、マジでそれ心配になってきました。評価に関わる」
真田「あんたはちょっと絞られてきたら」
赤鬼「俺のせいじゃなくないですか!?」
はる「びえーーー」
真田「わかったから!」
赤鬼「もう今日もひどい、聞いてくださいよ」
真田「聞いてるよ」
赤鬼「今日は珍しく、石に興味持ってしかもぶつけ合わせたりし始めて」
真田「よかったじゃん!」
赤鬼「まあはい、で、これはいよいよ重なるか!って俺も慎重に見てたんす」
真田「うん」
赤鬼「そしたらですよ、こうある石にね。こう積もうとして。平たい石だから、倒れて。それでまたギャン泣きですよ。立たないって」
真田「あー」
赤鬼「しかも最後は隣の子に石投げて。危ないし泣きたいのこっちっすよ」
真田「ははは」
赤鬼「これじゃいつ積めるようになるのか。いやこっちもね、言わないけど積みやすいように平たい石を多くしてるんです。土台に良さそうな大きいのもあるし、手頃な石の平たさとか水切りの飛距離バツグンすよ」
真田「優しい。てかあんた川でそんなことしてんの」
赤鬼「いやまあ子供とかと…じゃなくて、親切でしょ!?ちゃんと考えられてんですよ!それをですよ?これをこう。バターン。立たないぎゃあああって。あったりまえじゃないすか。つか立てるなもーなんなんすかこいつ」
真田「仕方ないでしょ、積み木もする前にこっち来ちゃってるんだから」
赤鬼「それですよ!おかしくないですか!システマチックに年齢で区切らないで、ゆっくりな子はボールプール地獄で『世間に揉まれる学び』でいいじゃないですか」
真田「あーねー」
赤鬼「子供たちだってこっちに来てまでまた年齢区切りでわけわかんないことやらされてさ、ベースの対象年齢もっと上なのに区切りが雑すぎて正直可哀想っすよ。これじゃ伝わらない。それ出来るようになるまで支える現場の苦労とかそういうの全部、もっとちゃんと考えてほしいんですよねえ!」
はる「ふえーん」
赤鬼「あーもうほんとにー、そんなに泣くと川に流しちゃうぞ」
真田「やめなさいって」
真田「そうだはるー、今日はいいものがあるよ」
赤鬼「なんですか」
真田「あんたにじゃなくて、ほらちょっと代わって」
真田、カウンターからバケツのような箱を取り出す。
真田「はる、今日はこれやってみよう」
赤鬼「なんすかそれ」
真田「レゴだよ」
赤鬼「ええ?違うでしょ、レゴってもっと一口サイズで踏んだら痛いし武器になるってなんか覚えてます」
真田「どんな使い方してんの…。これははじめてさんのレゴだよ」
赤鬼「へー、でかー」
真田「ほらはる、触ってごらん」
赤鬼「あ、 やめろばか、いやこいつ、実は石も舐めるんすよ…やめろって」
真田「まあ、これはそういうのも織り込み済みのものだから」
赤鬼「ほら舐めるならナイよ…投げるな!」
真田「はははは。いやごめん。まあ最悪投げても石ほどは危なくない。 はるー当たったらいたいよ。当たったら赤鬼さん泣いちゃうよ」
赤鬼「泣かないっすよ!俺は絶対泣かない!」
真田「むきになるな」
赤鬼「『泣いた赤鬼、やー-い赤ちゃ〜ん!』とかもうお腹いっぱいなんで」
真田「子供にそんなこと言われてんの」
赤鬼「なんかこう、ガンガン叩き付けるのなんなんすか野蛮か」
真田「ねー、はるもイメージしてるんだよね。そうそう、もう少し…」
間
真田・赤鬼「…くっついたーーー!」
真田「はるーできたじゃーん」
赤鬼「え、なにこいつ。こういうのできちゃう系?」
真田「はるー、はい次の。ここにできるかな?そうだよー」
赤鬼「いやいや、それはちょっと求めすぎはよくないゆっくりやり ハマったーー!」
真田「できたねえー!はるー!びっくりだー! じゃ、ほら赤ちゃん。初めての3段だよ」
赤鬼「……は!? え、積んだ的な? いや、それはちょっと…これは、別でしょ。石じゃないもん。」
真田「まあ正式じゃないけど。あんたもやっと仕事できるじゃん」
赤鬼「やめてくださいよ、コレで今? いや、今じゃなくない?」
真田「覚悟は決めてたんでしょ」
赤鬼「はあー?そういう言い方します? わかったよやりますよ。うわーやだ…はあ…」
立ち上がったブロックに赤鬼がゆっくりと手刀を当てる。
パタリと倒れるブロック。
間。
ゆっくりと赤鬼がブロックをひとつずつ外し、ばらす。
間。
火がついたように泣き声をあげるはる。
はる「ギャアアアアアアーーッ」
赤鬼「ほらーーーーーーー!」
真田「なにがほらーよ、そういう仕事でしょ。 はるー!ねえびっくりしたね。折角つくったのに、ねえ」
はる「アアーーーッ」
赤鬼「やめてーーー なんだよもうーー」
真田「ほらほらっはる!ぱぱーん!今度はぞうさんブロック出てきたよ、今度これ入れてもう一回やって!ぞうさん!」
はる「ふぇ、ふ、ぞうさん?ぞうさん…」
真田「そーぞうさん。できるかな」
はる「…」
再び取り組むはる。
真田「そうそう!できたねえ!じゃあ次はどれにする?」
はる「…(これ)」
真田「おー、できるかなー?」
赤鬼「え…ちょっと待って、もしかして」
真田「できたねええええ!はるできたよ!」
はる「えへ」
真田「わあーはる嬉しいね!」
赤鬼「笑った…笑えるのかよ」
真田「よかったねえはるー! じゃ、はい」
赤鬼「はいって…嘘でしょ」
真田「頑張って」
赤鬼「うぁぁ…」
またゆっくりとバラす赤鬼。
間。
再び泣き出すはる。
気をつけの正座で硬直して目を閉じている赤鬼。
真田「はるはる! じゃーん!今度はきりんさん!どうかなー?できるかな」
はる「アッアッきりんさん きりんさん?」
真田「ここにこれ、きりんさん」
はる「…」
真田「そーそーそーそー…いいねぇ〜!じゃあ次はどれー」
はる「…」
真田「いいねぇ〜」
赤鬼、目を閉じたまま動かない。
真田「…できたあ〜!はるー!きりんさんもできた!やったねえ!」
間。
はるの特別大きな泣き声。
赤鬼「やめない!?これ!!!」
はる「アアアアアア!」
赤鬼「明らかにストレス!俺もしにそう!!」
真田「とっくに死んでるでしょ。頑張りなよ、研修でなにしてたの」
赤鬼「いやそうだけど、えっぐい…なにこれ」
真田「不条理だよ」
赤鬼「必要なくない…?」
はる「ぞうさーーーーーーん!」
赤鬼「え?」
はる「ぞうさんなのおおおおおお!」
真田「はる、ぞうさんのがよかった?さっきのぞうさんすき?」
はる「ぞうさーーん」
真田「わかったわかった、ほら、赤ちゃん!」
赤鬼「えっ…ええ…?」
ゆっくりばらす赤鬼。
真田「はる、ぞうさんはどこかな、あっそうもう見つけてたの。よしどれにつけるの。それか。できる?…ついたねえ〜いいよいいよ、それからぞうさんには何つけるの?それかーできるかな」
赤鬼「…」
真田「できたー!ぞうさんできたねえ!かっこいい!」
はる「へへーー」
はるがブロックを赤鬼に差し出す。
赤鬼「えっ…」
真田「おや」
赤鬼「え…どゆこと…これも…?ぞうさんも?」
真田「おおー…」
赤鬼「いや無理…きつい…」
はる、受け取らぬ赤鬼の膝にブロックを置いて、残りでまた組み始める。
赤鬼「えっ、これは?いらないの…?」
真田「もしかして、あげたんじゃない」
赤鬼「えっ俺に!?」
真田「はるー、これ赤鬼さんにどーぞなの?」
はる「(見ずに)これどーぞー」
真田「だって」
赤鬼「だって俺、何度も壊したのに」
真田「よかったねえもらって」
黙々とブロックに挑むはるを眺める二人。
赤鬼「すごい真剣じゃん…」
真田「すごいねえ」
赤鬼「あんな顔見たことない」
真田「よかったねえ」
赤鬼「確かに、積んでるよ」
真田「そうだねえ」
赤鬼「すげえ…」
真田「選んで組み始めてるしね」
赤鬼「こだわり…?」
はるが赤鬼に組んだブロックを差し出す。
赤鬼「おー、ありがとう」
赤鬼がブロックを受け取り膝に置く。
はる「だめ!!!」
赤鬼「えっ」
はる「ぃゃだめ…だめなの、ふえ…」
赤鬼「えっちょとまて、なに泣くな、まて」
真田「赤ちゃんそれ、ばらしてほしいのかも」
赤鬼「え、ほんとに? これ?いいの? こう…?」
はる「あはー」
赤鬼「マジで?おけ、じゃあ、これも」
ばらして広げてやると、そこから選び取ってまた組み合わせていく春。
赤鬼「ちょ待って、泣きそう…。いやー真ん中のが欲しかったのか、はは」
真田「よかったね、お仕事」
赤鬼「嘘だろ、あんな小さいのに」
真田「全部は伝わらなくても、最初に作ってまた次を作るとか、乗り越えたしわかってるぽいよね」
赤鬼「やっぱりぞうさんのがいいとか」
真田「私はひとつ完成させたら最初のそれを大事にしすぎて次が続かなくなるほうだから、泣きたい気持ちもわかるし、それを超えるもの作り始められるの、すごいなあ」
赤鬼「でも、仕事とはいえしぬかと思ったっす」
真田「自分で壊すのは大変だけど、すごい大事だよね。そういうきっかけとか。それに生きてればぶつかり壊される瞬間が絶対あるもんね」
赤鬼「不条理なあ。諸行無常ってやつですか…」
真田「そんな思いもあの子たちはせずに来てるからね。まあ手伝うほうは大変だ」
赤鬼「大変すよ、ここでよかった。河原だったら耐えられなくて、適当にやめさせてたわ絶対」
真田「あの顔付きなら、もう大丈夫でしょう。職人じゃん」
二人、はるを見守る。
暗転。